だいぶお待たせしてしまいました。
今回は3ミッション進行です。長さも単純に3ミッション分です。
600行とか900行とかケチくせえこと言わないで、1225行です。
あんまり長すぎるので前後編にしました。
あと、これまでの記事に変なタイトルつけてみました。特に意味はないです。
では、ごゆっくりどうぞ。俺は寝ます。zzzz>_○/|_
17:地の底・18:魔鏡・19:盾(前編)
いい天気だった。
空を見ていた。
本能がなにかを感じているような、そんな感じだった。
いったいなんなのか。
いや、本当はその理由もわかっているのかもしれない。
俺は一人、整備部の隣にある一室にいた。椅子に腰掛け、テーブルの上に広げられた工具をひとつ取ると、黙々と作業を再開する。
人の気配もなく、静かな時の流れは穏やかで、俺が一番安らげるひとときだった。
「三郎さん、三郎さんですよね!?」
その平穏を破る悪魔は、突然現れた。
「やっぱり三郎さんだ!」
俺の姿に気づくやいなや、名前を連呼しながら入りこんでくる。
廊下と室内を隔てる壁が一面ガラス張りであることを呪った一瞬だった。
「こんなところでなにしてるんですか?」
「あ、隣いいですか?」
「へーっ、武器の整備もご自分でやられるんですね!」
「すごいですね! 尊敬します!」
「三郎さんはEDFに入って長くなるんですか?」
「あ、まだ入って間もないんでしたっけ。健一さんに教えてもらいました」
「三郎さんってどうしてEDFに入ったんですか?」
「EDFに入る前はなにをなさってたんですか?」
「入ってすぐにロンドンへ行かれたんですよね?」
「向こうはひどい打撃を受けてるみたいですけど、大丈夫なんでしょうか」
「マザーシップが出てきたって聞いた時は怖かったですよー」
「あ、でも、三郎さんならやっちゃいそう」
連綿とした話は途方もなく続き、俺はそのことごとくを無視した。
…誰だ、こいつ?
声に聞き覚えはあるようなないような気はするが、知らない奴だ。
いや、知ってる知らないはどうでもよかった。
ただひたすら、そのマシンガンを塞いでやりたくて仕方がなかった。
「それ、ゴリアスですよね? こんなにバラバラにしちゃって元に戻せるんですか?」
興味深そうに覗きこんできて、視界の端を黒髪が遮った。
「こんな小っちゃな部品でも、ちゃんとなにかの役に立ってるんですよね。すごいですよね」
小さなネジを拾い上げて微笑みかけてきた彼女を睨みつけ、ゴリアスを顔に向かって突きつける。
そろそろ苛立ちも頂点に達する頃だった。
「…お喋りなスピーカーはそれか?」
「…? ちゃんと元に戻さないと撃てないですよ?」
俺は直感した。
なに言っても無駄なタイプだ、と。
何事もなかったかのように、ゴリアスDの整備を再開する。
彼女は次々と部品を拾い上げては色々な角度から眺め、へーへーへーとしきりに感心している。80回言えば粗品がもらえるとでも思ってるのか?
このうざったさ、まるで健一の妹だ。
「あ、この間は本当にありがとうございました」
突然振り返り、改まって言ってきた。
「三郎さんがいなかったら、私今ごろ海の中かお墓の中でしたよね」
「って、冗談になってないですね」
「すごかったです、一人で全部倒しちゃうんだもん」
「格好よかったですよーっ」
「どうしたらそんなに強くなれるんですか?」
「私って、いつまで経っても足手まといで…」
「不二子先輩にもオペレーターの方が向いてるって言われちゃったりして…」
「やっぱり向いてないんですかね…」
「あ、これでも試験は成績良かったんですよ」
「でも、試験と実戦では全然違いました」
「試験に落ちる怖さと、死んじゃうかもしれない怖さじゃ、全然違いました」
「でも、私は早く一流のペイルウィングになりたいです」
「…なってどうする?」
そこで俺はとりとめのない話に初めて興味を示した。特に理由はないが、強いて言うなら、こんなスチャラカ娘がどうしてペイルウィングなどという最前線部隊に入ったのか、あたりだろうか。
こいつ、上陸阻止作戦の時に礼を言いに来た女だ。顔を見てなかったから思い出せなかった。
彼女は即座にきっぱりと答えた。
「兄の仇を討ちます」
途端に黙りこんだ。
マシンガンが弾詰まりを起こすと、それまでのやかましい空間が一気に静かになる。4畳ほどの狭い室内は、秒針の音とゴリアスを整備する音だけが囁く、元の平穏を取り戻した。
彼女はうつむき、膝の上で手をにぎにぎしている。
聞いてほしいのか?
だが、兄の仇を討つためにEDFに入ったなら、兄をインベーダーに殺された以外に考えようがない。今どきのご時世、別に珍しくない話だ。実行するかどうかは別として。
だから俺はそれについて聞く気もなかったし、それ以上に、興味もなかった。
「やめておけ」
手を動かしたまま呟くように言う。顔を上げると、正面の窓から青空が広がっていた。あの空の向こうを見透かすような、遠い目をしていた。
………。
「奴らは…俺が潰す」
そう、奴らは俺が潰す。誰にも邪魔はさせねえ。…つもりだが、EDFは必要だ。俺一人で武器を作ることから始めるわけにはいかない。誰が犠牲になろうが構いやしねえ。この組織を利用し、俺は俺の仇を討つ。
その目的を果たすまで、俺は死ぬわけにはいかない。
「…三郎さんって優しいんですね」
そう、俺は優しい。地球を守り人類を守り夢を守るために、自らの命を賭けてインベーダーに敢然と立ち向かう。女が最前線に立つ戦況を憂い、彼女の身を案じているのである…じゃなくて。そうじゃなくて。
なにをどうしたらそうなるのか。オツムが弱いのか、この女?
どう返せばいいのかわからなくて、一言だけ返した。
「阿呆」
静かだった。
静かにしてるぶんには、別にいてもいいかな、と思った。その驚くべき連射速度をもつマシンガンを撃たなければ、置物とたいして変わりない。実弾を発射できれば、さぞかし強力な武器になるだろうにな。
そういえば、前大戦の時には「じゃじゃ馬」というニックネームのアサルトライフルがあったらしい。あれみたいな感じか。強力だが精度が非常に悪く、さすがの英雄も手を焼いたという話だ。都市伝説の類かもしれんが。
…役に立たねえじゃん。
思わず吹き出しそうになったが、必死にこらえた。
ふむ、こんなもんかな。
そのまま30分が過ぎる頃、軽く息をついて工具を置く。そして足下のトランクケースを開けてロケット弾を1発取り出し、具合を確かめるべくゴリアスDに装填した。
「…え、あっ、ご、ごめんなさい!」
その様子を見ていた彼女が突然謝り出した。なんだ? こいつまだいたのか。
弾詰まりが直ったのかと一瞬恐怖したが、彼女は次第にボリュームを下げながらおずおずと俺の方を見つめているだけだった。
「こ、こんなとこで撃ったら…危ない…ですよ…」
「阿呆」
今度、新型のロケットランチャーが配備されるらしい。より強力になったロケット弾のために設計されたが、制式採用直前のテストで砲身の不具合が発覚し、弾だけが残った。
弾が今のやつと大きさも形も同じだったので聞いてみると、各部を調整すればゴリアスDの砲身でも使えないことはないとのことだった。ただし、弾の本来の性能は損なわれる、と。
それでも従来のより破壊力は増すだろうという言葉を信じ、オーバーホールがてら、説明された通りに各部品を調整した。開発部の連中の言ってたことが本当だったら、こいつはまだまだやれるだろう。こいつにはまだまだ頑張ってもらわねばならない。お前には、遠くロンドンの地で果てた名も知らぬ隊員の怨念がこもっているのだからな。
俺はナイフを取り出し、エンブレムに刃を立てる。
さあ、生まれ変わるがいい。生まれ変わって、次なる役目を果たせ。
ガリガリガリ。
生まれ変わったゴリアスのエンブレムには、型名の右端に新しい文字が加えられた。
【Gorious-DD】
最初のDがDamageなら、次のDはDestroyだ。
「三郎! こんなとこにいたのか!」
満足そうにうなずいていると、壁のガラス越しから、悦楽のひとときをぶち壊す事態の到来が聞こえてきた。
俺は確信した。この女は健一の妹である、と。
なんつぅ間の悪さだ。
健一はそのまま中に入ってくると、椅子に腰掛けて松葉杖を置き、ひどく疲れた様子でため息をつく。相当歩きまわったようだ。
「いやーっ、ずいぶん探したぜ。どこにもいねえんだもんよ」
「健一さん、もう歩いて大丈夫なんですか?」
「やあ明日香ちゃん、久しぶり。あれ? 不二子と一緒に出撃しなかったのか?」
「私のユニット、今修理中なんです。この間の作戦で海に落ちちゃったから…」
「あぁ…不二子から聞いたよ。三郎が助けてくれなかったら危なかったそうだね」
「はい。三郎さんは命の恩人です!」
「それで、整備部に様子を見に来たら三郎さんがいたのでお邪魔してました」
「もう直ったの?」
「いえ、まだ終わらないみたいです。細かいとこに塩が入っちゃって、全部交換しないといけないみたいで」
「やっぱすごい機械なんですね。人を空に飛ばしちゃうんだから」
俺は途方に暮れる。弾詰まりの直ったじゃじゃ馬は元気を取り戻し、
相づちを打ちながら次の話へと誘導していく健一の手慣れた扱いには少し感心したが、こういう和やかムードは本当に嫌いだった。今すぐにでも去ろうと思った。
和やかな二人の隙をうかがいつつ、俺は不思議でならなかった。
なぜどいつもこいつも皆こうも馴れ馴れしいのか、なぜこいつらは揃いも揃って俺の周りにたかるのか、なぜこいつらはこの絶望的な戦況の中でこうも和やかにいられるのか、なぜこいつらはそんな楽しそうに他人と話すことができるのか、疑問に感じることが多すぎた。
「あ、三郎、ありがとうな。俺の代わりに出撃してくれたんだってな。しかも大活躍だったそうじゃないか」
逃げ出すタイミングを見計らっていた時、健一はいきなり俺に向き直って礼を述べ、両膝に手を置いて深々と頭を下げた。
な…なんでお前がそれを知っている。
俺は驚いた。こいつにだけは絶対に知られてはならなかったことが、サランラップより薄く透明に筒抜けていた。
いや、それは聞くまでもないことだ。
不二子…医療棟で健一の隣にいた女か。
いや、なぜあの女がそれを知っている? 奴もペイルウィング隊の一人なのか? そういえばさっき出撃がどうとか言ってたな。まさかあの場にいたのか?
あの女がペイルウィング隊の一人とはとても思えなかったが、それを言ったら目の前にいるこのチビ女はもっとそんな感じに見えない。
それ以前に、こいつらみんなグルかよ!
「宿舎にいても暇だから、散歩がてら遊びに行っただけだ。別にお前のためじゃない…」
そう、決して健一のために出撃したわけじゃない。俺にはインベーダーを叩き潰す目的がある。こいつは関係ない。純粋に自分のために出撃したのだ。すべては俺のために存在する。すべては俺に利用されるためにあるのだ。
「…三郎は優しいんだな」
そう、俺は優しい。守りたいもののために必死になる健一の姿にちょっと自分の姿が重なったから、ほんの少し同情しただけだ。こんなところで無駄死にさせたくなかった。
………。
俺はもう一度確信した。この二人は兄妹である、と。他人のように接しているが、隠しているに違いない。
…ダメだ。逃げよう。逃げなければならない。これ以上ここにいたら頭がおかしくなる。
俺は立ち上がりゴリアスDDを担ぐと、無言のまま部屋を出ようとする。
「おっと、やべ。うっかり忘れるところだった」
その背中に向かって健一が言った。ガラスに映る健一は真顔だった。
「後藤隊長がお呼びだぜ。直々のご指名だ。作戦指揮部に来てくれってさ」
思わず振り返る。あのヒゲゴリラが、俺に? なんの用だ? 隊長自ら、一介の新兵を超機密ルームへご招待だと?
呼ばれる理由はさっぱりわからなかった。
「案外、この間の功績を認められて昇進させてくれるかもよ?」
ニヤニヤする健一。
阿呆が。昇進させるのにどうして作戦指揮部に呼ぶ必要がある。
「いや〜、相棒が入隊早々に昇進なんてことになったら、俺も鼻が高いよ」
…ガチャッ。
俺はゴリアスのセーフティを外し、健一に向けた。
まだ懲りてないようだ。この野郎は一度処分しなければならない。
俺のことを相棒と呼んでいいのはチョビだけだ。
または、俺の方から呼ぶ時だけだ。
怒りをこめてトリガーに指をかけた。
「ん、ゴリアスの整備は終わったのか? それは弾を入れないと撃てないぞ?」
軽く笑いながらとぼける健一を、明日香が慌てて制した。
「けけけけっ健一さんっ、あ、あれっ、実弾入ってますっ…!」
狭い室内に悲鳴がこだました。
†
「敵の罠に落ちたようです! 背後からも敵が迫っています!」
「だから言ったじゃないの!」
不二子は苛立ちに拍車をかけて叫んだ。
「伊津美は私と後ろへ! 他は陸戦隊の後方支援をお願い!」
「了解!」
地下巣穴の第2次侵攻作戦が始まっていた。前回の失敗で大損害を出したことを
しかし、その作戦立案に不二子は強く反対した。傭兵思想的にはペイルウィング隊は航空戦力として扱うべきだ、というのが不二子の主張だったからだ。どこの馬鹿が地下洞窟にヘリコプターで攻めるというのか。
あの狭い洞窟内、もっと狭い地下鉄構内では、ペイルウィング最大の武器である機動力が大幅に殺される。ペイルウィング隊はスラスターの推力の関係で小柄な女性が選ばれ、それが重いアーマースーツに加えてプラズマエネルギーユニットまで背負っているのだから、地上戦は考えてはいけなかった。さらには、アーマースーツは男性のものに比べて薄く軽いぶん、防御力にも劣っている。
一撃離脱のチャージ作戦でも危険だというのに、基礎体力の低い女性では格闘戦で勝ち目はなかった。
こんな場所にペイルウィング隊を出すなんて、上はなにもわかっていない。
それが不二子をひどく苛立たせていた。
もうひとつ加えて、場所の悪さだ。入り口が狭いというのは、防御に適した要塞だということだ。接敵しても、この一本道では陣形も整えられない。敵に遭遇したら後ろの部隊が交戦できず、戦力が激減してしまう。挟み撃ちにでもされたら目も当てられない。
案の定、横に口を開ける巣穴が見えたところで、本部のレーダーは侵攻部隊の後ろに出現した光点を確認した。
(一度自分で出撃してみなさいよ)
不二子は不満ありありの顔でスラスターを小刻みにふかし、地下鉄の中を低空飛行する。この巣穴の攻略には大部隊による一斉攻撃が必要なのに、こんな200人足らずの戦力ではどうしようもなかった。
インベーダーが送りこんできた巨大生物の知覚は、俄には信じがたいほど発達している。人間の存在を血に飢えた鮫ほど敏感に察知し、また、どこに隠れようとも地の果てまで追いかけてくる。一度察知されたら、物理的不可能にするか殺す以外に逃れる方法はない。
退路を断たれた以上、現状では交戦以外に選択の余地もない。
ガチャッ、キュゥー…ン
プラズマランチャーをユニットに接続し、接敵に備える。
──見えた。
遠く向こう、くぐもった音を発しながら押し寄せてくる巨大生物。
「隊長…!」
「そんな…!」
二人は身をこわばらせた。
ザザッザーザー。
不二子は慌てて無線機のスイッチを入れるが、イヤホンからは耳あたりの悪いノイズが流れるだけだった。
(無線が通じない…なんで…さっきまで異常なかったのに…?)
壊れたのかとも思ったが、伊津美の無線機も同様だった。
くっ。たった数百メートルの距離が通じないなんて!
「伊津美、私がここで引き止めるから陸戦隊に知らせなさい! 奴らを迎え撃つよ!」
「り、了解!」
すぐ後ろにいる伊津美に指示を出し、プラズマランチャーを構えた。
蜘蛛型がいるなんて話、聞いてない。蟻型だけではなかったのか。作戦指揮部はなにを調査してこの作戦を立てたのか。
バシュウゥゥッ!
閃光を放ち、プラズマが球形を象ってゆるやかな弧を描く。球が先頭の蜘蛛に接触した途端、地下鉄構内がまばゆい光に覆われ、鈍い悲鳴が響いた。その光の中から蜘蛛が飛び出し、次の光に覆われ、その中から次の蜘蛛が飛び出した。
「いったいどれだけいるの!」
不二子は後退を始める。これ以上撃ったら帰還する前にユニットがオーバーヒートを起こす。そうなったら間違いなく蜘蛛の餌だ。
「誠や三郎君ならこういう時どうするのかな」
不二子は自分がありえない考えをしているのに気づき、慌てて頭を振った。
「腕が…! 腕がーっ!」
「ひ…た、たす…っ ブシッ
「天井だ! 天井にまわったぞ!」
パラパラパラッダダダダッ
ドズウゥゥン
「ゴシャッ
「ぐああっ!」
「くっこいつっ離せ離せ離せっ!がぁっ!」
「死ね! 死ね!!」
伊津美が陸戦隊のところまで戻ると、横穴から吹き出すように湧き出る蟻との激戦が展開されていた。酸が飛び交い、天井にまわりこんだ蟻は射殺されるなり巨大文鎮となって真下の部隊を下敷きにした。
後ろの部隊は交戦することができず、緊張しながら前方の戦況をうかがっているだけだった。唯一、ペイルウィング隊だけが後方支援を担える戦力だった。
(隊長の言った通りになってしまったわね…)
寸分の隙もない完璧な挟み撃ち。
最悪の事態だった。
「後ろから敵の大部隊がきます! 後方の部隊は迎撃に備えてください!」
伊津美は後方の陸戦隊に大声で知らせる。陸戦隊の連中は大部隊の挟み撃ちという絶望的な知らせに恐怖した。
「こりゃやべえな。応援を呼んだ方がよさそうだ」
「それが、無線が通じなくて…」
体躯の良い陸戦隊の男は応援を呼ぼうとするが、それさえできない事実を知るだけだった。
「…ちっ。敵はうようよ、逃げ道はねえ、応援も呼べねえじゃどうしようもねえな」
男はアサルトライフルを構え、線路の先へ向けて叫んだ。
「さあいつでも来いや、蟻さんよ!」
「いえ、後ろからの敵は蟻型でなく蜘蛛型です」
奮い立たせた闘争心は、伊津美の一言でくじかれた。多くの隊員が蜘蛛型との戦闘を経験してなかったが、その恐ろしさは充分に知っていた。糸に捕らわれた人間の末路を知っていた。
なにからなにまでうまく運ばなかった。
「早く! 武器を取って!」
伊津美は、すっかり戦意を消失した若い隊員に向かってアサルトライフルを手渡そうとする。しかし、彼は頭を抱えて怯えるばかりで、戦闘を拒否した。
「…も、もうダメだ…俺達はみんなここで死ぬんだ…」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」
座りこもうとする隊員の胸ぐらを掴み、対の手で大きく振りかぶった。
ぱぁんっ。
「いてっ! …お、お前…」
伊津美は男の頬に容赦のない平手打ちを食らわせる。
「それでも男ですか、軟弱者!」
「な、なんだってんだよ…」
「あなたみたいな人、ここで一生怯えてるといいんです」
伊津美は言いきって振り返る。
「──もっとも、その一生もあと1分かそこらでしょうけどね」
「わ、わかったよ! くそ! 死んでたまるかよ!」
伊津美からアサルトライフルを奪い取ると、あご紐をきつく締め直した。
「後で飯につきあってくれよ!」
「生きて帰れたらね」
ジャキッ、ジャコッ、ガシャッ、ヒュイイィィ、キュウゥゥー…ン。
アサルトライフル、ショットガン、ロケットランチャー、イクシオン、プラズマランチャーが、線路の曲がる先からやってくる来客をもてなそうとしていた。
「落ちついて」
伊津美は震える青年の肩に手を乗せ、優しく語りかけた。
「大丈夫、生きて帰れるよ。必ずね」
嘘つき、と自分の心は言った。
じきに不二子の姿が見え、その後ろから異形の生物が押し寄せてきた。
額から汗がひと雫、頬を伝った。
†
「これが6時間前の映像、これが5時間前、これが4時間前、3時間前の映像です。ほんのわずかですが、磁場の変化が前大戦でのデータ、及びロンドンで採取されたデータと酷似しています」
「レーダーはどうだ?」
「まったく変化ありません。オールクリアです」
「ふむ…」
「気のせいではないのか?」
「なんとも言えんな…」
「君はどう思うかね?」
「………」
「君! 君!」
「…え? あ? 俺?」
「俺? …じゃないよ君! 事は急を要するというのに居眠りしている場合かね!」
大きなあくびをする。あぁ…この馬鹿頭どもの念仏聞いて寝るなって方が拷問だ。
あからさまに向けられる白い視線をはぐらかしながら、俺も腕を組んで「うーん」と考え始めた。正確に言うと、考えてるふりをした。バレないよう、時々頭もかいてみた。我ながら芸が細かい。
隊長直々のご指名で作戦指揮部にご招待され、なにが待ってるかと思えば、マザーシップっぽいものが近づいてるかもしれないというだけのことだった。俺が呼ばれたのは、ロンドンで奴と遭遇して生き残った日本部隊が俺だけという、ただそれだけのことだ。
まぁ下手に昇進させられて余計な責任と義務を背負わされるよりはなんぼかマシか。
正面のスクリーンには地図みたいなスライドが並べられている。なんか、この縞々がいつもと違う感じを示してるらしく、それがマザーシップが出てくる前の変化とよく似ているそうだ。
素人にそんなの見せて「どう思う?」とか言われたって、わかるわけねえだろ。
「やはり気のせいではないのかね?」
「ロンドンの次に日本にやってくる確率というのは」
「万が一ということもある。警戒は怠らない方が…」
「それはもちろんだが、しかし、いつどこに出てくるかもわからん代物をどうやって警戒しろというのだ」
「警戒体制を敷くのもタダではないのだぞ」
「民間人の避難勧告はどうしましょう」
「避難…たって、どこに逃げろと言えばいいのかね」
「だからお前らは無能だって言うんだよ」
俺が口を開いた途端、場が凍りついた。こんな禅問答にはつきあってられん。
「な…なんだね君は! さっきから失礼が過ぎるぞ!」
ダン!
「…うるせえタコ。黙れ」
俺は拳でテーブルを強く叩き、周囲を歩き始める。後ろ手に組んだ右手は、強く叩きすぎて痛みを訴える左手をこっそりとさすっていた。
「お前ら、ちっとは足りねえ脳味噌使えよ。奴らの目的はなんだ? 虫もどきを使って俺達を根絶やしにして、地球を丸ごといただくことだ。一回戦場に出てみなよ。奴らがどれだけ腹空かせてるかよくわかるぜ。もっとも、こんなしょぼくれたジジイじゃおやつにもならんだろうけどな」
「な…」
ダン!
「…うるせえハゲ。黙れ」
今度は左手で右手をさすりながら、話を続けた。
「お前らがインベーダーだったら、まずどこから狙うよ? 富士の樹海か? 琵琶湖か? 宮城の婆ちゃんちか? 三宅島のゴミ処理施設か? EDFの軍事拠点か?」
「奴はEDFがあるところに来るんだよ。『万が一』じゃねえ。『一が一』だ。どこにいたって、奴からは逃げられねえんだ。逃げられねえんなら、潰すしかねえだろう」
「さあ、ここで問題だ。今問うべき議題は糞の役にも立たねえ凡人を奴から逃がすことか。それとも奴を撃墜して凡人を逃がす必要そのものをなくすことか」
静まりかえる部屋の中で、真ん中に座ってる偉そうなジジイは腕を組んで考えこむ。肩にゴテゴテついてるところを見ると、こいつが一番偉い奴か? 馬鹿ヅラだが、頭は切れそうだな。
そしてジジイはきっかり10秒考え、俺の方を見て口を開いた。
「い…」
ダン!
「…うるせえ老いぼれ。黙れ」
俺は窓際に立ち、空を見上げる。別に手が痛くて悲しい顔をしているわけじゃない。
「お前ら、前の大戦でいったいなにを学んだ。英雄はウルトラマンでもデビルマンでもスーパーマンでも、ましてやドラえもんやアンパンマンでもねえ。アンパンマンは『僕の顔をお食べ』とか『それ、新しい頭だ』とか、あれってすげえ発想だと思わねえ?」
「要するに、大戦の英雄もただの人間ってことだ。たった一人の人間に撃墜される程度の奴なんだよ。あのすっげえ攻撃さえなんとかしちまえば、奴にたいした能力はねえ」
「ならば、歓迎してやろうじゃねえかよ。前大戦と同じように、世界の平和は日本から始まったって鼻を高くするためにな」
両手を広げておどけるように言った。
「さあマザーシップさん、ようこそ日本においでませ…
………。
………。
………。
………。
「な…どうしたのかね?」
突然言葉を止めた俺を、皆が怪訝そうにうかがっていた。
俺はなにも答えず、沈黙を送り返した。
視線を空に送りながら、感じていた。なぜそう感じたのかはわからない。青色の布団に巨大な寝小便の染みがうっすらと浮かんでるような気がしたからかもしれない。
数日前から気になって仕方がなかった、その正体。
…やっと来たか。
振り返ると、全員が注目していた。俺のただならぬ雰囲気を感じ取り、発言を待っているようだった。
俺はテーブルに歩み寄り、片手をついて、心臓の弱い爺様方がショック死しないよう、やんわり言ってやった。
「いいか、ひとつ教えてやる。奴は『来る』んじゃない、『来ている』んだ」
†
健一はラウンジのゆったりくつろげるソファにどっかりと腰掛け、その隣に明日香が座っていた。二人は不思議と気が合い、暇な時はこうして語りあうことが少なくなかった。
二人が知り合ってもう3年になる。健一は明日香の兄と友人であり、その縁だった。健一は妹のように思っていたし、明日香は兄のように慕っていた。
明日香はペイルウィング隊結成の時に周囲の反対を押しきってEDFへ入り、不二子の計らいで現在の部隊に配属された。
その報告を受けた時、健一は思わず「オペレーターの間違いじゃなくて?」と漏らし、きつく睨まれた苦い思い出もある。あの時は、3日間も口をきいてもらえなかった。
どこからどう見てもオペレーターの方がしっくりくる容姿の明日香だったが、それでもペイルウィング隊の厳しいテストに優秀な成績で合格している。心優しく明朗快活で、誰からも愛される存在だったが、一方で強情で意地っ張りなところもあった。また、時に大きなドジを踏むのが玉に
「まったく、三郎もあの過激な性格はもちっとなんとかならんもんかね」
やれやれと漏らす。
「でも、三郎さんらしいです」
明日香は小さく笑った後で慌てて付け加えた。
「あ、この間初めて会ったばかりなのに、こんなこと言っちゃいけないですね」
そう言って、天井を見上げた。健一は、その先に三郎が映ってないことを感じ取った。
「どうだった? 三郎は?」
健一も同じ場所を見上げ、三郎の印象を聞いた。彼女にとって、彼は特別な存在になることがわかっていたからだ。だから彼がロンドンに行っている時、それとなく話をしておいた。機会を見てちゃんと紹介するつもりだったものの、自分の予測してないところで二人は出会ってしまった。
「お話に聞いた通りでした」
「…本当にあいつと瓜ふたつだろう」
「はい…」
「キレると洒落にならんあたりも…」
ギプスをさすりながら、ちらりと明日香を見やる。
「もももも申し訳ありません…」
ただでさえ小さい明日香は、さらに身を小さくして畏れ入った。
「ははは、冗談。それに、明日香ちゃんが謝ることじゃないよ」
小さく笑って視線を戻した健一は、とても遠い目をしていた。明日香も同じだった。
すべてが懐かしかった。
三郎は、明日香の兄とよく似ていた。見た目の感じも似ていたが、それ以上に性格が瓜ふたつだった。ひねくれてて無愛想で無茶苦茶で、それなのにどこか優しさを感じさせた、明日香の兄と。
「阿呆」
それが口癖だった。
ロビーの大窓から見える青空は、果てしなく澄んでいた。こうして地球の青さを感じていると、人類がインベーダーの脅威に晒されていることが信じられない。
前大戦が終結し、人類の手に取り戻せたと思った青空は、再び危機に陥っていた。
インベーダーは前大戦とは比較にならない戦力を有し、あれが巨大生物を秘密裏に繁殖させるための前哨戦でしかなかったことを物語る。
そして、再び現れたマザーシップ。
巡航するマザーシップは人類の科学力では捉えることができず、突然現れては壊滅的な打撃を与え、そして姿をくらませる。
なにより、大戦の英雄が命を投げて沈めたマザーシップが1隻ではなかったことが、人類にとって大きな衝撃を与えていた。あと何隻いるのか、想像もつかなかった。
二人は同じ空を見上げ、同じことを考えていた。
──今ここでこうしている時にも、マザーシップはどこかにいる。
我々の見えないところで、次の獲物を求め彷徨っている。
見えない以上、人類は手の打ちようがなかった。
人類は、今度こそ滅亡の危機に瀕していた。
†
ピーッ!
「レーダーに反応!」
「…で、でかい! マ…マザーシップです! 間違いありません! 高度6500!」
けたたましく鳴り始めた機器を前にしたオペレーターが、血相を変えて叫んだ。
「馬鹿な! 場所はどこだ!?」
「北緯35度263、東経139度391…横浜です!」
「な…すぐ近くじゃないか!」
「急いで避難勧告を!」
「いや、確認が先だ! あんな市街地で下手に出したらパニックになるぞ!」
「それでは遅すぎる! ジェノサイドキャノンを撃たれたら死者は万単位だ!」
「あれだけ巨大な円盤が6500に降下するまでなぜ気づかなかった!?」
「わ、わかりません! 突然現れました!」
「とにかく横浜支部へ連絡を!」
「はい! …いえ、ダメです! 通信回線を開けません! 強力な電波障害が付近一帯を覆ってます!」
ダン!
一人が、歯噛みしながら机を叩きつけた。
「くそ…例の電磁シールドか…」
それは、マザーシップが出現・消失する時に決まって現れる謎の現象だった。それがマザーシップの姿を不可視にする技術と関連しているのは明らかだったが、その原理を解明するには人類の科学力はあまりにもお粗末すぎた。
作戦指揮部は電子音のひとつで騒然となっていた。レーダーを大勢で取り囲み、画面に映るひとつの点を刮目していた。
その中で2人だけが、輪の中に加わってなかった。
俺と後藤隊長だった。
「おい、ま、窓を見ろ!」
「ば…馬鹿な…」
「ここは練馬だぞ…なんて大きさだ…」
窓の外、南の方角に、はっきりとわかる異形の物体を確認できた。
ガチャッ。
「…あ、おい君! どこへ行くのかね!?」
作戦指揮室を出ようとドアを開けた俺に気づき、ジジイの一人が呼び止めた。
「どこへ…って決まってんだろう。奴を潰しに行くんだよ」
「部隊の出動は我々が指示する。我々は一刻も早くマザーシップの対策を討議しなければならない」
「その間、なんとか横浜支部には耐えてもらわねば…」
「とにかく呼び続けるんだ」
「栗林君。大至急各方面へ連絡して部隊を出動させてくれ」
「あと、前大戦でのマザーシップの詳細データを頼む」
「はい」
ジジイどもは平静を装い、それぞれの場所へ着席した。
「君はロンドンでマザーシップと対峙したそうじゃないか。残って意見を聞かせてくれないか」
…つきあってらんねえ。
「あ…おい! 君!」
俺はお構いなしに部屋を退出した。貴様らは一生そこで解けねえ詰め将棋やってろ。
ドアを閉める時、一言残してやった。
「事件が起きてる場所は会議室か? 現場か?」
──バタン。
非常招集でごった返す中、アーマースーツに着替え、武器庫へ行く。5歩先には後藤隊長がいた。
ヒゲゴリラと一緒に出撃するのは輸送船強襲作戦以来、2度めだった。俺ってば入ってすぐロンドン派兵隊に入れられちまったし、帰ってきてからも不用意な出撃ばかりだったからだ。
それにしても、さすが隊長やってるだけのことはある。用意の早さは俺なんかとは比べものにならない。あのでかい身体が素早くアーマースーツを着こなす様は、不気味でさえあった。
これで戦闘力も一流なら文句はないんだがな。
「それはやめときな」
武器庫からアサルトライフルを取り出したヒゲゴリラに警告した。
「奴と
「そうか。ではそうしよう」
部下の生意気な口を気に留めることもなく、隊長は素直に従った。ちょっと気分が良かった。マザーシップを見たことがあるってだけで、えらい違いだ。
ヒゲゴリラはスナイパーライフルを2丁掴むと、ひとつを俺の方へ投げてよこした。
「お前も使うといい」
それがアトラス227Rだというのを確認した時、「またこれか」と嘆いた。さっさとDモデルを量産しやがれってんだ。
「贅沢を言うな。地方支部ではこれでさえ行き渡らないんだ。新型のゴリアスも開発しているが、実戦配備にはまだかかるらしい」
「いや、それはいらねえ」
続いてゴリアスDを放り投げようとしたところを、手で制した。
俺にはこれがある。特製のゴリアスD…いや、ゴリアスDDがな。
不思議そうに見ているヒゲゴリラ。
「ただのゴリアスDじゃねえぜ? こいつにはな、怨霊が宿っているんだ」
自慢気に鼻を鳴らした。
「さしずめアンタのはヒゲゴリアスってところか?」
黒く生えそろう針金を撫でながら、隊長はニヤリと笑った。
「帰ったら懲罰は覚悟しておけよ」
「はん。望むところだぜ」
帰れることがあたり前といった口調が、少し気に入った。部下にしてやってもいいぞ。
我々第18部隊は駐機場に集合した。
「三郎、お前はこっちだ」
装甲輸送車へ向かおうとする俺を、ヒゲゴリラが呼び止める。
「お前は俺とバゼラートで向かう」
「ほあ?」
「都心部では陸戦部隊の到着がひどく遅れる。我々は先に向かい、戦況を確認する」
「ああ、なるほどね」
合点がいった俺は、喜々としてついていった。もちろん、確認なんてまどろっこしいことをするつもりはなかった。陸戦隊が到着する前に俺が片づけてやろうじゃねえの。
バタッバタッバタッバタバタバタバタバタババババババババ…
「死ぬなよ、三郎」
「絶対に無茶しないでくださいね、三郎さん」
「阿呆。俺が死ぬ時は人類が滅亡する時だ」
バゼラートはアスファルトを蹴って宙を舞う。ヘリポートへ向かう途中、運悪く健一と明日香に発見され、見送りまでされた。健一はまたしても我が子を戦場に送る親のような目をしたし、明日香はユニットの修理が終わってないことをひどく悔やんでいた。(こんなのについてこられても足手まといになるだけだ)
「三郎」
「あん?」
小さくなっていく本部のビルを尻目に、ヒゲゴリラはまっすぐ前──マザーシップ──を見据えながら、名を呼んだ。ゲーム機のコントローラみたいな操縦桿を手に持ってる様は、ひどく格好悪かった。
「なぜわかった?」
「なにが?」
「マザーシップが現れることだ。お前、レーダーに反応が出る前に予知してただろう」
「………」
なんとなくとしか言いようがなかった。こないだから、空を見渡すと、どこか一点に違和感を感じるところがあった。それは注意しないと気づかないくらい些細なものだったし、望遠鏡で覗いてもなんの変哲もない青空が広がるだけだった。
だが、今朝になってから違和感ははっきりわかるものへと変化していた。予感は確信へと変わった。それが大きな波となって最高潮に達した時、レーダーが反応した。
奴は──俺を追ってきたのかもしれない。なんちゃって。
さすが戦闘ヘリ、操縦性は最悪でもスピードは素晴らしく、練馬から横浜、直線距離にして30km少々なんてのは近所だった。海が見えてくる頃には、横浜の街が判別できた。煙が上がってないことを見ると、戦闘はまだ始まってないようだ。
ロンドンで見たような焦土を期待心配してたんだが、無事でなによりだ。
「マザーシップはジェノサイドキャノンを撃ってないようだな」
ヒゲゴリラは安堵する。
ふーん。あのすっげえ攻撃はジェノサイドキャノンって呼んでるのか。あれを食らうのだけは勘弁願いたいものだな。途中で抜け出してなかったら、俺もあの業火に焼かれていたことだろう。それを思うと、今さらながらに恐ろしいものだった。
「そろそろ高度を落とした方がいい。奴は小型円盤を哨戒に出してるはずだ。見つかったらこんなオモチャ、一瞬で墜とされるぞ」
「あ…ああ、そうだな。そうしよう」
ヒゲゴリラの手に力が入ってるのがわかる。まぁ仕方のないことだろう。俺も初めて接敵した時はちょっとビビリが入ったからな。
次第に大きくなるマザーシップを睨みつけながら、俺は気が高ぶるのを感じていた。ここで会ったが貴様の運の尽きだ。今度こそ決着をつけてやる。
その時、眼下にEDFの車両群が幹線道路を走行していた。どこの部隊かは知らないが、間違いなく現場に向かってる途中だ。ちょうどいい。
「ヘリではここらあたりが限界だな。あの車両に乗り換えるぞ」
車両群の前方へ着陸することを指示する。隊長と新兵の立場が完全に逆転していた。
「い、いやしかし、着陸できる場所がないぞ」
「えぇい貸せ! こうやるんだよ!」
着陸地点を探し始めたヒゲゴリラのコントローラを奪い取った俺は、拡声器のスイッチを入れて怒鳴った。
「貴様ら邪魔だ、どけ!」
「う…うわー!」
「やっやめろーっ!」
ゴシャゴシャバキベキ、ドガーンガラガラバキビシビシビシビシビシビシ…
避難する一般車両の上に容赦なく着陸したバゼラートは、そのまま横倒しになってローターの羽根を吹き飛ばした。大渋滞で車に埋まる上り車線には、壊滅的な漬け物石が置かれることになる。
「あいててて…おーいて」
「な…なんて無茶なことしやがる…」
巻き上がる砂塵から脱出した俺は、急停車して唖然となる先頭車両の運転手に歩み寄り、平然と言った。
「EDF本部第18部隊だ。俺らも乗せてってもらおうか」
「ひ…ひい…っ。わ、わかった。だから、い、命だけは…っ」
アトラスをつきつける必要はなかったかもしれない。
俺達を乗せた川崎支部の部隊は、市街地に入ると横浜支部の連中と合流した。電磁シールドとやらも収まったのか、無線通信も回復し、各方面から部隊が集結するのを待っているらしい。じきに第72戦車連隊も到着するとのことだ。
報告を受けるヒゲゴリラの後ろで、俺はまだ頭をグラグラさせていた。ヘルメットの上からでも強烈に響く、ヒゲゴリラ渾身の一撃だった。ちくしょう、俺は手っ取り早いのが好きなんだよ。
「な…なんて大きさだ…、直径1kmはあるんじゃないか…?」
「これほどの大きさとは…」
空を覆い尽くす巨大な皿は、陽差しを遮り不気味な音を立てて回転運動を続ける。その圧倒的存在感を初めて見た隊員達は、怯えた様子で口を揃えた。
小さな棘が並ぶ紫色のリングは、支持もなしに宙に浮かび、あたかも固定されているかのように定位置で回転する。その中央から生え揃う8本の「恐怖」は、一度輝くたびに廃墟をひとつ増やす。
それはすべてのものを焼き払う、悪魔の輝きだった。
「
憎むべき宿敵に再びまみえた俺は、奴の一部分を見つめ、呟いた。たしかにあんなのバカスカ撃たれたら、人類なんぞひとたまりもない。
隊員は皆、あの棘がいつ輝き出すかと恐れるばかりだった。その姿は、さながら殺虫剤の缶に群がる羽虫のようであった。つまり、てっぺんを押されない限り俺らは大丈夫だってことだ。(てっぺんには顔があるはずだが)
それにしても、今回は様子が妙だ。ジェノサイドキャノンを撃つなら、さっさと撃つべきだ。もたもたしていたら、せっかくの獲物がみんな逃げ出してしまうじゃないか。
それなのに、マザーシップは不気味な音を立てながら静止しているだけで、一向に行動を起こさない。
まるで、なにかを待ってるようにも見えた。
…お、俺か? 俺が来るのを待ってるのか? ロンドンでひどいことした仕返しに来たのか?
部隊はビルの陰に隠れ、後続部隊が到着するまで様子をうかがうことになった。隙間から、小型円盤がちらほら見え隠れする。小型円盤どももまた、ふらふらと飛んでいるだけだった。俺の予想通り、哨戒機を出してるのだろう。
だが、予想通りではないこともあった。
ヒゲゴリラが俺に耳打ちする。
「…三郎、あの円盤は?」
「さあ…ていうかアンタも知らねえのか?」
「前大戦では出現してなかったな。初めて見るタイプだ」
「じゃあ新型ってことか」
やけに角張ったそれを見て、俺の本能が警報を発していた。あれは危険だ、と。
ふむ。ここはひとつ、あの新型円盤の戦闘力を見極めるとするか。
「…! おいっ三郎っ! やめろ!」
ヒゲゴリラがアトラスを構える俺に気づいた時は、すでに遅かった。
………。
な…なんだ今の!?
た、弾を跳ね返したように見えたぞ…!?
うわっやべっ!
円盤は動きを止めたかと思うと、一斉にこちらへ向かってきた。俺は迂闊に刺激してしまったことを悟った。
アトラスの1発は円盤を撃ち墜とすことはなく、交戦開始の合図となったのだった。
「見ろ! 円盤だ!」
「新型か? まるで鏡だ! 撃て!」
バキューン! バキューン! バキューン!
不意を突いたように戦闘が開始される。各部隊は戦力の知れない新型円盤に向かって集中砲火を浴びせた。
馬っっ鹿野郎…!
俺は大慌てでビルの陰に飛びこんだ。次の瞬間、雨のような弾丸が我々のもとに降り注いだ。
「うわっ! が…っ!」
「どうなったんだ…なぜやられた!?」
「弾が…我々の弾丸が跳ね返されたんです!」
「馬鹿な…!」
川崎支部の隊長は信じられないという形相で、接近する新型円盤を見据えた。そしてスナイパーライフルを構えて狙いをつける。
バキューン! キイィィィンッ
「かはあ…っ!」
発砲した瞬間の後、隊長は自分の撃った弾に腹を貫かれ、血を吐きながらその場に倒れこんだ。
「隊長…」
「攻撃中止! おい! 撃つな! 撃つなあ!」
隊長の傍の隊員が両手を激しく振り、射撃をやめるように叫んだ。
「知るかよ! 撃たなきゃやられんだろうが!」
それでも俺はビルの陰からアトラスを容赦なく連射した。
「ぐああああっ!」
俺の撃った弾は、ことごとく跳ね返されて損害を広げるばかりだった。
丸型円盤を狙うと新型円盤が巧みにカバーし、跳ね返された弾に加えて丸型円盤の攻撃が部隊を襲った。
戦況は悪化の一方だった。
「おい、逃げるぞ」
分の悪さを察した俺は、ヒゲゴリラに声をかけて後退を促す。
「戦場では引き際を誤った奴から死んでいくんだ。死にたくなきゃついてこい」
悔しいが、対策を練り直す必要がある。包囲される前に逃げないと、確実に死ぬ。
それは2度めの敗走だった。友軍を見捨てて逃げることにはなんのためらいも感じないが、マザーシップに背を向けるのは最大の屈辱だった。今すぐにでも反転して突撃してやりたい衝動を抑えつつ、自分に言い聞かせた。
死んじまったら誰が明日香の兄貴の仇を討つのだ、と。
いや、今の間違い。今のなし。やり直し。
死んじまったら誰がチョビの仇を討つのだ、と。
†
「作戦は中止だ。総員撤退せよ」
「撤退…って、どこから逃げるのよ!」
今日の不二子は叫んでばかりだった。本部から撤退命令が下るも、前は蟻、後ろは蜘蛛に挟まれて身動きの取れない状態だった。
戦ってる途中で、ここではないどこかの部隊の無線が入ってきた。無線が回復したことを悟った不二子は本部と連絡を取り、応援を要請した。しかし、本部の判断は「撤退」、それだけだった。
地上でもなにか厄介な事態になっていることを感じさせた。
(新型円盤…? 弾が跳ね返された…?)
無線が回復する時に、雑音に混じって聞こえてきた悲鳴。
不二子は歯噛みするが、今はそんなこと気にしてる場合ではなかった。戦闘は続き、蟻と蜘蛛の死体が山ほど積み重なっている。
ただ、それが逆に功を奏していた。虫の死骸は盾となり、攻撃から身を守ることができた。しかし、虫は死んでしばらく経つと、風化するように存在が消え失せる。そこにできた隙間から次の虫が入りこみ、新たなる盾を作り上げていった。
「くそっ! こいつらキリがねえ!」
「なにか方法はないのか!?」
陸戦隊は消えていく死骸の隙間から潜りこもうとする虫を倒し、ペイルウィングは天井付近に滞空しながら死骸の盾を越えてくる虫を倒していた。
「伊津美! そろそろ交代!」
「OK、和恵! いつでもいいわよ!」
和恵が降りてユニットの冷却に入ると同時に、伊津美が飛び立つ。ペイルウィング隊は2人1組になってこれを繰り返していた。
だが、それも長く続きそうになかった。ペイルウィングの武器はほぼ無限に撃てるが、陸戦隊の弾切れが近かった。盾を崩してしまう爆発系の火器は使えず、アサルトライフルやショットガンだけが頼りだった。
カキンッ。
蜘蛛を攻撃していた陸戦隊の一人が、リロードに入った一瞬の出来事だった。弾幕が途切れた一瞬を、蜘蛛は見逃さなかった。
ぴしゅっ。
死骸の隙間から糸が飛び出し、滞空姿勢に入ったばかりの伊津美の足に絡みついた。不意を突かれ、気づいた瞬間にはものすごい力で引き寄せられていた。
「…っ!!」
「伊津美!」
スラスターを全開にして抵抗しても、なんの役にも立たなかった。
ユニットを冷却していた不二子は、すべてをスローモーションで見た。
伊津美は死骸の隙間に消えていき、短く途切れた悲鳴と砕かれる金属音がすべての結果を知らせた。
「伊津美…そんな…」
和恵は伊津美が消えていった隙間を茫然自失と見つめながら、膝を落とした。ほんの少しの時間差で自分と引き換えに命を失った相棒の名前を呼んだ。たった数秒前までともに戦っていた相棒の死が信じられなかった。
「和恵! しっかりしなさい!」
不二子が和恵の肩を揺さぶって怒鳴りつける。茫然自失となりたい気持ちは自分も同じだったが、隊長の自分がしっかりしないと全員が同じ結果になる。
くっ。
それに、先頭を守る陸戦隊は狭い中でペイルウィングを守るように陣形を組み、ユニットの冷却中は身を挺してかばってくれる。従って被害も大きく、すでに半数以上がやられてしまった。それにも関わらず、果敢に戦っている。
仲間の死を嘆くことは、後でもできるのだ。今は、生きて帰ることだけを考えるべきだ。
涙をこらえ、必死に言い聞かせた。
今は、脱出する方法だけを考えなければならない。
「ここであなたまで死んだら、誰が伊津美の仇を討ってくれるの!」
和恵は大粒の涙をこぼしながら、イクシオンを強く握りしめた。
「嬢ちゃん、ちょいと危険だが賭けてみる気はないかい?」
不二子と背中合わせになった陸戦隊の男が、脱出方法を提案する。
「蟻さんはこの先の横穴から湧き出ている。そこさえ越えられりゃあ」
「今より危険な状況ってあるの?」
不二子は皮肉を交えて返した。
「決まりだな」
「よーし、みんな聞け! これから蟻さんをランチャーで一斉爆破、混乱に乗じて強行突破する! いいな!」
「了解!」
「了解!」
前方の部隊は背を低くして攻撃を続け、後方の部隊はロケットランチャーやグレネードに持ち替えた。
「しっかりやってくれよ」
男は己の命を託したHG-02Aにキスして、蟻の山の向こうに狙いをつける。
「いくぞ! てえぇ!!」
ロケットランチャーが一斉に炎を噴き、グレネードが次々と放りこまれた。爆発の轟音と蟻の絶叫が地下鉄構内に大きく轟き、蟻の死骸は粉微塵に吹き飛ばされ、前方部隊の何人かは爆風の巻き添えを食らった。たちまち砂煙が立ちこめて視界は遮られる。
「よし! 突撃!」
全員が一斉に駆けだした。つまづいて転ぶ者、蟻と正面衝突する者、後ろから糸に捕らえられる者、運が悪い順に死んでいった。ペイルウィング隊は地面と縁がないこと、走る何倍もの速度で移動できることが幸いし、全員が横穴を突破できた。
横穴の先は視界が開け、線路が続いている。恐れていた事態──敵生物が線路の向こうからも来ている──がないことに安堵し、横穴を通りすぎるついでに内部へプラズマグレネードを放りこむ。炸裂したグレネードはまばゆい閃光を発し、外骨格のひしゃげた蟻が横穴から吹き飛ばされてトンネルの壁へ叩きつけられた。
これである程度は時間が稼げるはずだ。
「早く! 走って!」
不二子は後方の陸戦隊へ必死に呼びかけた。人間の足では巨大生物から逃れることは難しかったが、それでも走らねばならなかった。ペイルウィング隊はユニットのオーバーヒートが死を意味するため、下がりながらの援護射撃もできなかった。
次の横穴を通り過ぎた。そこから巨大生物が出てこないことを確認した陸戦隊の一人が、その場で足を止める。
「隊長、ここは自分が引き止めます! 先へ行ってください!」
「大介! 馬鹿野郎! 走れ!」
「僕だってやれます! 僕だって!」
背を向けて怒鳴り、アサルトライフルを構えた。一度だけ振り返った彼は、青年がもつ純粋な笑顔をしていた。
「大介…くっ!」
その決意が揺るぎないことを悟った無精髭の男は、彼を置き去りにした。
歯が砕けそうなほどに食いしばって。
青年は親の仇にも勝る憎悪を燃やし、向かってくる巨大生物を強く睨みつけていた。
臆病風に吹かれた自分を叩いた、ペイルウィング隊の人。
女の人なのに、男の自分より勇敢だった。
糸に足をとられ、引きずりこまれていくのを見た。
ここで初めて会ったばかりなのに…、なぜだろう、奴らが親の仇より憎く感じた。
「僕だって…僕だって!」
恐怖を制し、目前に迫った巨大生物を数発撃つと、横穴へ向かって走り出した。それに釣られて、いくらかが自分を追ってきた。
(さすがに全部とはいかないか…)
坑道にも似た横穴を走り抜けると、先には広大な空間が広がっていた。高さは数十メートルにも達し、複雑に入り組んだ回廊は宮殿を思わせた。
(な…なんだここは…これが奴らの本拠地…!?)
息が上がるに従って身体が言うことを聞かなくなる。それでも彼は仲間から敵を少しでも離すために、走り続けた。がむしゃらに走り続けた。ほどなくして、草に足を取られて転んだ。四方から無数の巨大生物が取り囲み、じりじりと近寄った。
立ち上がることもできず、座ったままの格好でアサルトライフルを撃ちまくる。血しぶきがかかるほどまで近づかれた時、弾が切れた。その隙を突いて糸が身体に巻きつき、強烈な力で引き寄せられる。
「ぐあっ!」
爪が膝に食いこみ、全身を激痛が走った。すぐに身体が痺れ始め、それが毒であることを知らされた。
「くそ…っ」
もはやこれまでだった。
隊長達は無事に逃げられただろうか。
(大丈夫、生きて帰れるよ。必ずね)
最後に浮かんだのは親でも兄弟でも友人でもなく、名前も知らない人の優しい笑顔だった。
「好みだったなぁ…」
遠くなる意識をかきだし、最後の力を振り絞る。
顔面にアサルトライフルを投げつけられた蜘蛛は一瞬ひるみ、次の瞬間に餌が筒を構えているのを見た。蜘蛛と彼がこの世で最後に見た輝きは、ロケット弾の噴射だった。
(後編に続く)
Comment
後半(後編)見ねば。
この先どんどん凄い戦いになっていくことと思います。